遺産分割とは 筑紫野・福岡

1 遺産分割とは何か

遺産分割とは、被相続人(亡くなった人)の財産を、相続人全員でどのように分けるかを決める手続きである。 遺言がある場合は原則その内容に従うが、遺言がない場合は、相続人全員の合意によって分け方を決める必要がある。

遺産分割の方法は大きく三つに分類される。

協議(話し合い)による遺産分割

家庭裁判所の調停による遺産分割

家庭裁判所の審判による遺産分割

協議が成立すれば最もスムーズだが、相続人の一人でも合意しなければ協議は成立しない。 ここで問題となるのが、認知症の相続人がいる場合である。

2 認知症の相続人がいる場合の最大の問題

●遺産分割協議は「法律行為」である

遺産分割協議は、単なる話し合いではなく、法律行為である。 法律行為には必ず「意思能力」が必要となる。

意思能力とは、

自分の行為の結果を理解し、合理的に判断できる能力 である。

認知症の相続人が意思能力を欠いている場合、

遺産分割協議に参加できない

協議が成立したように見えても後から無効になる という重大な問題が生じる。

これは複数の専門家が指摘している。 

3 認知症の相続人がいる場合に起こる主なリスク

以下は、実務で頻発する典型的なリスクである。

① 遺産分割協議ができない

意思能力がないと判断されると、協議そのものが成立しない。 協議書に署名押印しても無効となる可能性が高い。 

② 協議が無効になるリスク

協議が成立したように見えても、後から「当時意思能力がなかった」と争われることがある。 無効となれば、すべてやり直しになる。 

③ 代筆・代理押印は犯罪

家族が代わりに署名・押印することは、

私文書偽造罪

詐欺罪 に該当する可能性がある。 善意であっても犯罪である。 

④ 不動産が共有状態のまま動かせない

不動産は相続開始時点で相続人の共有となる。 売却・賃貸・担保設定には共有者全員の同意が必要。 認知症の相続人がいると、事実上処分できない。 

⑤ 預貯金の払戻しができない

金融機関は相続人全員の署名押印を求めるため、認知症の相続人がいると手続きが止まる。 

⑥ 相続税申告が遅れ、延滞税・加算税のリスク

相続税申告期限は10か月。 遺産分割ができないと申告が遅れ、ペナルティが発生する。 

⑦ 相続放棄ができない

認知症の相続人は、自ら相続放棄の手続きができない。 借金を背負う危険がある。 

4 認知症の程度によって対応が変わる

認知症と診断されたからといって、必ず意思能力がないわけではない。 症状の程度・日常生活の状況・医師の診断書などを総合的に判断する必要がある。 

●軽度の場合

協議内容を理解できるなら、本人が協議に参加できる。

●中等度〜重度の場合

意思能力がないと判断される可能性が高く、 成年後見人の選任が必須となる。

 

5 成年後見制度の利用が必要となるケース

認知症の相続人が意思能力を欠いている場合、 遺産分割を有効に成立させるには、 家庭裁判所で成年後見人を選任する必要がある。 

●成年後見人の役割

本人の代理人として遺産分割協議に参加

本人の利益を守る立場で判断

協議書に署名押印する権限を持つ(民法859条)

●後見人選任の流れ

1. 相続人・財産の調査

2. 本人の判断能力の確認(診断書)

3. 家庭裁判所へ申立て

4. 審理・調査

5. 成年後見人の選任

6. 後見人が遺産分割協議に参加

7. 協議成立後に相続手続き・相続税申告

6 後見人が相続人である場合の「利益相反」

後見人が本人の子であり、同時に相続人である場合、 本人の取り分と自分の取り分が対立するため、利益相反が生じる。

この場合、

特別代理人の選任

成年後見監督人の関与 が必要となる。 

7 遺産分割案は「本人の利益」を説明できる内容にする

成年後見人は家族の都合ではなく、 本人(認知症の相続人)の利益を守る立場である。

そのため、

本人の生活費

施設費

医療費

介護費

今後の収支 を踏まえ、本人が不利益を受けない分割案を作る必要がある。 

8 未分割申告と相続税の問題

遺産分割が期限までにまとまらない場合、 いったん「未分割」で申告する必要がある。 ただし、

小規模宅地等の特例

配偶者の税額軽減 は原則使えない。 

後日分割が成立したら、

更正の請求

修正申告 で調整する。

9 認知症の相続人がいる場合の実務的な進め方(総合版)

●ステップ1 認知症の程度を確認

医師の診断書、介護認定、日常生活の状況を確認する。

●ステップ2 意思能力の有無を判断

意思能力がある → 本人参加で協議 意思能力がない → 成年後見申立てへ

●ステップ3 成年後見申立て

家庭裁判所へ申立て。 選任まで1〜2か月以上かかる。

●ステップ4 後見人が協議に参加

本人の利益を守る内容で協議を進める。

●ステップ5 利益相反の確認

後見人が相続人の場合は特別代理人を検討。

●ステップ6 協議成立後の手続き

不動産登記、預貯金解約、相続税申告を進める。

10 認知症の相続人がいる場合の「典型的なトラブル事例」

●事例1 代筆してしまい協議が無効

家族が代わりに署名押印した結果、 協議が無効となり、金融機関から差し戻し。 後見申立てからやり直しとなり、数か月遅延。

●事例2 不動産が売れず施設費が払えない

共有状態の不動産を売却したいが、認知症の相続人の同意が得られず売却できない。 後見申立てに時間がかかり、資金繰りが悪化。

●事例3 相続税申告が間に合わず延滞税

後見申立てが遅れ、申告期限に間に合わず延滞税が発生。

11 認知症の相続人がいる場合の「生前対策」

認知症発症後は手続きが複雑化するため、 生前対策が極めて重要である。

●有効な生前対策

公正証書遺言

家族信託

任意後見契約

財産管理契約

見守り契約

口座・不動産の整理

これらは、認知症発症後の遺産分割の混乱を大幅に減らす。

12 まとめ

認知症の相続人がいる場合の遺産分割は、 通常の遺産分割とは比較にならないほど複雑である。

●重要ポイント

遺産分割協議は「法律行為」であり意思能力が必須

認知症の相続人がいると協議が無効になるリスク

代筆は犯罪

不動産・預貯金の手続きが止まる

相続税申告が遅れる

成年後見人の選任が必要

後見人が相続人の場合は利益相反

本人の利益を守る分割案が必須

高齢化が進む日本では、認知症の相続人が関わる遺産分割は今後さらに増える。 そのため、早期の相談・早期の生前対策が最も重要な解決策となる。

認知症の相続人がいる場合の遺産分割協議書は「成年後見人(または特別代理人)」が本人の代理として署名する形式になります。 以下に、実務でそのまま使える 「認知症の相続人がいる場合の遺産分割協議書 文例」 を、行政書士として使いやすい形で作成します。

 

遺産分割協議書(認知症の相続人がいる場合)文例

※成年後見人が選任されているケースの標準形 ※特別代理人が選任されている場合の文例も後半に掲載

遺産分割協議書

被相続人 〇〇〇〇(令和〇年〇月〇日死亡)の遺産について、相続人全員で協議した結果、下記のとおり遺産を分割することに合意した。

第1条(相続人)

被相続人の相続人は、以下のとおりである。

1. 相続人 氏名:□□□(長男)

2. 相続人 氏名:△△△(長女)

3. 相続人 氏名:☆☆☆(次男)  ※認知症により意思能力を欠くため、成年後見人として   氏名:◇◇◇(成年後見人)が代理する。

第2条(遺産の内容)

被相続人の遺産は、次のとおりである。

1. 不動産  所在:福岡県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇  地目:宅地  地積:〇〇㎡  家屋:種類・構造・床面積等

2. 預貯金  〇〇銀行 〇〇支店 普通預金 口座番号:******  残高:〇〇〇万円

3. その他の財産  自動車、家財、保険金等(必要に応じて記載)

第3条(遺産分割の内容)

相続人全員は、以下のとおり遺産を分割することに合意する。

1. 上記第2条1項の不動産は、長男□□□が単独で取得する。

2. 上記第2条2項の預貯金は、長女△△△および次男☆☆☆が各1/2ずつ取得する。

3. その他の財産は、相続人間で協議のうえ適宜処理する。

第4条(成年後見人による代理)

相続人☆☆☆は認知症により意思能力を欠くため、家庭裁判所の選任した成年後見人◇◇◇が、本協議書に関する一切の行為を代理する。

成年後見人◇◇◇は、本人☆☆☆の利益を最優先し、上記分割内容が本人の生活・介護・医療等に支障を生じないことを確認したうえで、本協議に参加した。

第5条(協議の成立)

本協議は、相続人全員(成年後見人を含む)の合意により成立した。

署名・押印

令和〇年〇月〇日

相続人

氏名:□□□ 住所:福岡県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇 印

相続人

氏名:△△△ 住所:福岡県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇 印

相続人(成年後見人による代理)

本人:☆☆☆ 住所:福岡県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇

成年後見人:◇◇◇ 住所:福岡県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇 印

特別代理人が選任された場合の文例(利益相反時)

※成年後見人が他の相続人であり、利益相反が生じる場合 ※家庭裁判所が「特別代理人」を選任したケース

第4条(特別代理人による代理)

相続人☆☆☆は認知症により意思能力を欠くため、家庭裁判所が選任した特別代理人◆◆◆が、本協議書に関する一切の行為を代理する。

特別代理人◆◆◆は、本人☆☆☆の利益を最優先し、上記分割内容が本人の生活・介護・医療等に支障を生じないことを確認したうえで、本協議に参加した。

署名・押印(特別代理人)

本人:☆☆☆ 住所:福岡県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇

特別代理人:◆◆◆ 住所:福岡県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇 印

 

 

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