相続相談福岡センター:〒818-0056 福岡県筑紫野市二日市北2-3-3-205
1 遺産分割とは何か
遺産分割とは、被相続人(亡くなった人)の財産を、相続人全員でどのように分けるかを決める手続きである。 遺言がある場合は原則その内容に従うが、遺言がない場合は、相続人全員の合意によって分け方を決める必要がある。
遺産分割の方法は大きく三つに分類される。
• 協議(話し合い)による遺産分割
• 家庭裁判所の調停による遺産分割
• 家庭裁判所の審判による遺産分割
協議が成立すれば最もスムーズだが、相続人の一人でも合意しなければ協議は成立しない。 ここで問題となるのが、認知症の相続人がいる場合である。
2 認知症の相続人がいる場合の最大の問題
●遺産分割協議は「法律行為」である
遺産分割協議は、単なる話し合いではなく、法律行為である。 法律行為には必ず「意思能力」が必要となる。
意思能力とは、
自分の行為の結果を理解し、合理的に判断できる能力 である。
認知症の相続人が意思能力を欠いている場合、
• 遺産分割協議に参加できない
• 協議が成立したように見えても後から無効になる という重大な問題が生じる。
これは複数の専門家が指摘している。
3 認知症の相続人がいる場合に起こる主なリスク
以下は、実務で頻発する典型的なリスクである。
① 遺産分割協議ができない
意思能力がないと判断されると、協議そのものが成立しない。 協議書に署名押印しても無効となる可能性が高い。
② 協議が無効になるリスク
協議が成立したように見えても、後から「当時意思能力がなかった」と争われることがある。 無効となれば、すべてやり直しになる。
③ 代筆・代理押印は犯罪
家族が代わりに署名・押印することは、
• 私文書偽造罪
• 詐欺罪 に該当する可能性がある。 善意であっても犯罪である。
④ 不動産が共有状態のまま動かせない
不動産は相続開始時点で相続人の共有となる。 売却・賃貸・担保設定には共有者全員の同意が必要。 認知症の相続人がいると、事実上処分できない。
⑤ 預貯金の払戻しができない
金融機関は相続人全員の署名押印を求めるため、認知症の相続人がいると手続きが止まる。
⑥ 相続税申告が遅れ、延滞税・加算税のリスク
相続税申告期限は10か月。 遺産分割ができないと申告が遅れ、ペナルティが発生する。
⑦ 相続放棄ができない
認知症の相続人は、自ら相続放棄の手続きができない。 借金を背負う危険がある。
4 認知症の程度によって対応が変わる
認知症と診断されたからといって、必ず意思能力がないわけではない。 症状の程度・日常生活の状況・医師の診断書などを総合的に判断する必要がある。
●軽度の場合
協議内容を理解できるなら、本人が協議に参加できる。
●中等度〜重度の場合
意思能力がないと判断される可能性が高く、 成年後見人の選任が必須となる。
5 成年後見制度の利用が必要となるケース
認知症の相続人が意思能力を欠いている場合、 遺産分割を有効に成立させるには、 家庭裁判所で成年後見人を選任する必要がある。
●成年後見人の役割
• 本人の代理人として遺産分割協議に参加
• 本人の利益を守る立場で判断
• 協議書に署名押印する権限を持つ(民法859条)
●後見人選任の流れ
1. 相続人・財産の調査
2. 本人の判断能力の確認(診断書)
3. 家庭裁判所へ申立て
4. 審理・調査
5. 成年後見人の選任
6. 後見人が遺産分割協議に参加
7. 協議成立後に相続手続き・相続税申告
6 後見人が相続人である場合の「利益相反」
後見人が本人の子であり、同時に相続人である場合、 本人の取り分と自分の取り分が対立するため、利益相反が生じる。
この場合、
• 特別代理人の選任
• 成年後見監督人の関与 が必要となる。
7 遺産分割案は「本人の利益」を説明できる内容にする
成年後見人は家族の都合ではなく、 本人(認知症の相続人)の利益を守る立場である。
そのため、
• 本人の生活費
• 施設費
• 医療費
• 介護費
• 今後の収支 を踏まえ、本人が不利益を受けない分割案を作る必要がある。
8 未分割申告と相続税の問題
遺産分割が期限までにまとまらない場合、 いったん「未分割」で申告する必要がある。 ただし、
• 小規模宅地等の特例
• 配偶者の税額軽減 は原則使えない。
後日分割が成立したら、
• 更正の請求
• 修正申告 で調整する。
9 認知症の相続人がいる場合の実務的な進め方(総合版)
●ステップ1 認知症の程度を確認
医師の診断書、介護認定、日常生活の状況を確認する。
●ステップ2 意思能力の有無を判断
意思能力がある → 本人参加で協議 意思能力がない → 成年後見申立てへ
●ステップ3 成年後見申立て
家庭裁判所へ申立て。 選任まで1〜2か月以上かかる。
●ステップ4 後見人が協議に参加
本人の利益を守る内容で協議を進める。
●ステップ5 利益相反の確認
後見人が相続人の場合は特別代理人を検討。
●ステップ6 協議成立後の手続き
不動産登記、預貯金解約、相続税申告を進める。
10 認知症の相続人がいる場合の「典型的なトラブル事例」
●事例1 代筆してしまい協議が無効
家族が代わりに署名押印した結果、 協議が無効となり、金融機関から差し戻し。 後見申立てからやり直しとなり、数か月遅延。
●事例2 不動産が売れず施設費が払えない
共有状態の不動産を売却したいが、認知症の相続人の同意が得られず売却できない。 後見申立てに時間がかかり、資金繰りが悪化。
●事例3 相続税申告が間に合わず延滞税
後見申立てが遅れ、申告期限に間に合わず延滞税が発生。
11 認知症の相続人がいる場合の「生前対策」
認知症発症後は手続きが複雑化するため、 生前対策が極めて重要である。
●有効な生前対策
• 公正証書遺言
• 家族信託
• 任意後見契約
• 財産管理契約
• 見守り契約
• 口座・不動産の整理
これらは、認知症発症後の遺産分割の混乱を大幅に減らす。
12 まとめ
認知症の相続人がいる場合の遺産分割は、 通常の遺産分割とは比較にならないほど複雑である。
●重要ポイント
• 遺産分割協議は「法律行為」であり意思能力が必須
• 認知症の相続人がいると協議が無効になるリスク
• 代筆は犯罪
• 不動産・預貯金の手続きが止まる
• 相続税申告が遅れる
• 成年後見人の選任が必要
• 後見人が相続人の場合は利益相反
• 本人の利益を守る分割案が必須
高齢化が進む日本では、認知症の相続人が関わる遺産分割は今後さらに増える。 そのため、早期の相談・早期の生前対策が最も重要な解決策となる。
認知症の相続人がいる場合の遺産分割協議書は「成年後見人(または特別代理人)」が本人の代理として署名する形式になります。 以下に、実務でそのまま使える 「認知症の相続人がいる場合の遺産分割協議書 文例」 を、行政書士として使いやすい形で作成します。
遺産分割協議書(認知症の相続人がいる場合)文例
※成年後見人が選任されているケースの標準形 ※特別代理人が選任されている場合の文例も後半に掲載
遺産分割協議書
被相続人 〇〇〇〇(令和〇年〇月〇日死亡)の遺産について、相続人全員で協議した結果、下記のとおり遺産を分割することに合意した。
第1条(相続人)
被相続人の相続人は、以下のとおりである。
1. 相続人 氏名:□□□(長男)
2. 相続人 氏名:△△△(長女)
3. 相続人 氏名:☆☆☆(次男) ※認知症により意思能力を欠くため、成年後見人として 氏名:◇◇◇(成年後見人)が代理する。
第2条(遺産の内容)
被相続人の遺産は、次のとおりである。
1. 不動産 所在:福岡県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇 地目:宅地 地積:〇〇㎡ 家屋:種類・構造・床面積等
2. 預貯金 〇〇銀行 〇〇支店 普通預金 口座番号:****** 残高:〇〇〇万円
3. その他の財産 自動車、家財、保険金等(必要に応じて記載)
第3条(遺産分割の内容)
相続人全員は、以下のとおり遺産を分割することに合意する。
1. 上記第2条1項の不動産は、長男□□□が単独で取得する。
2. 上記第2条2項の預貯金は、長女△△△および次男☆☆☆が各1/2ずつ取得する。
3. その他の財産は、相続人間で協議のうえ適宜処理する。
第4条(成年後見人による代理)
相続人☆☆☆は認知症により意思能力を欠くため、家庭裁判所の選任した成年後見人◇◇◇が、本協議書に関する一切の行為を代理する。
成年後見人◇◇◇は、本人☆☆☆の利益を最優先し、上記分割内容が本人の生活・介護・医療等に支障を生じないことを確認したうえで、本協議に参加した。
第5条(協議の成立)
本協議は、相続人全員(成年後見人を含む)の合意により成立した。
署名・押印
令和〇年〇月〇日
相続人
氏名:□□□ 住所:福岡県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇 印
相続人
氏名:△△△ 住所:福岡県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇 印
相続人(成年後見人による代理)
本人:☆☆☆ 住所:福岡県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇
成年後見人:◇◇◇ 住所:福岡県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇 印
特別代理人が選任された場合の文例(利益相反時)
※成年後見人が他の相続人であり、利益相反が生じる場合 ※家庭裁判所が「特別代理人」を選任したケース
第4条(特別代理人による代理)
相続人☆☆☆は認知症により意思能力を欠くため、家庭裁判所が選任した特別代理人◆◆◆が、本協議書に関する一切の行為を代理する。
特別代理人◆◆◆は、本人☆☆☆の利益を最優先し、上記分割内容が本人の生活・介護・医療等に支障を生じないことを確認したうえで、本協議に参加した。
署名・押印(特別代理人)
本人:☆☆☆ 住所:福岡県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇
特別代理人:◆◆◆ 住所:福岡県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇 印
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